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浦和地方裁判所 平成2年(ヨ)53号 決定 1990年7月26日

申請人

全逓信労働組合川口地方支部

右代表者支部長

田畑照男

申請人

田畑照男

堤福悦

山中啓義

久保寺好文

松本健

須藤福志

奥田主計

中山喜代次

岩瀬正和

右申請人一〇名訴訟代理人弁護士

木村壮

大口昭彦

被申請人

全逓信労働組合

右代表者中央執行委員長

河須崎暁

右被申請人訴訟代理人弁護士

平田辰雄

戸谷豊

主文

一  被申請人が、申請人田畑照男及び同堤福悦に対し、平成元年一二月二六日付でなした組合員としての権利停止処分の効力は本案判決確定に至るまで仮にこれを停止する。

二  申請人らのその余の申立をいずれも却下する。

三  申請費用はいずれも申請人らの負担とする。

理由

第一申立

一被申請人が、申請人全逓信労働組合川口地方支部(以下「申請人支部」という。)に対し、平成元年一二月二六日付でなした申請人支部の執行権を停止するとの処分及び申請人支部の執行権限を全逓信労働組合埼玉地区本部(以下「埼玉地区本部」という。)に委譲するとの処分の効力は本案判決確定に至るまで仮にこれを停止する。

二主文第一項同旨。

三被申請人は、申請人支部の組合活動を妨害してはならない。

四被申請人は、申請人田畑照男(以下「申請人田畑」という。)の申請人支部の支部長としての、同堤福悦(以下「申請人堤」という。)の同支部の書記長としての、申請人支部、同田畑及び同堤を除くその余の申請人ら(以下単に「その余の申請人ら」という。)の同支部の執行委員としての、各地位に基づく組合活動を妨害してはならない。

第二当事者の主張

一申請人らの主張の要旨

1  被保全権利

(一) 申請人支部は、被申請人の支部であるとともに、上部団体である被申請人とは独立した労働組合である。申請人田畑は、申請人支部の支部長、同堤は同支部の書記長、その余の申請人は同支部の執行委員であり、いずれも被申請人の組合員である。

(二) 被申請人は、申請人支部に対し、平成元年一二月二六日付全逓信労働組合中央本部指令第七号(以下「本件指令」という。)で「申請人支部の執行権を停止する」及び「申請人支部の執行権限を全逓埼玉地区本部に委譲する」との各処分(以下総じて「本件執行権停止処分」という。)をなし、申請人支部の現支部執行委員会による支部の組合活動を妨害するとともに、申請人田畑の申請人支部の支部長としての、同堤の同支部の書記長としての、その余の申請人らの同支部の執行委員としての、各地位に基づく組合活動を妨害している。

また、被申請人は、申請人田畑及び同堤に対し、同指令で「申請人田畑及び同堤の全逓組合員としての権利を制裁による決定のあるまでの間停止する」との処分(以下「本件権利停止処分」という。)をなした(以下本件執行権停止処分と本件権利停止処分を総じて「本件各処分」という。)。

(三) 本件各処分は、平成元年一一月二〇日、川口局及び川口北局の当局側による不当労働行為に対し、申請人支部が支部名で中央労働委員会(以下「中労委」という。)に救済申立(以下「本件救済申立」という。)を行ったことを契機としてなされたものである。

しかしながら、本件各処分は、処分の理由たる前提事実を歪曲し、かつ労働組合の統制権を濫用してなされたものであるから、無効である。

2  保全の必要性

(一) 本件救済申立の対象となった不当労働行為は平成元年六月ころ発生したものであり、平成二年六月ころに右申立権は消滅する。被申請人は埼玉地区本部への執行権限の委譲処分を根拠に申請人が申立てた本件救済申立を取下げた。したがって、このまま申請人支部の執行権が停止され続けるならば、右不当労働行為について申請人らが救済を受ける機会を失うことになる。

(二) 被申請人は、申請人支部に対し、埼玉地区本部への組合費等の支部財政の引渡し要請をし、現在、右埼玉地区本部が申請人支部の財政を管理している。そのため、申請人支部はその財政的基盤を失い、また支部組合事務所の使用も不能となった。

その結果、申請人支部は、支部機関誌を発刊できず、申請人支部としての独自の情宣活動が阻害され、全逓新聞等の文書配布も停滞し、支部主催の文化、学習活動等の各種活動は停止し、地区労や市民団体との対外的交流も行えない。また、郵政当局との三六協定は埼玉地区本部役員との間で締結され、申請人支部としての交渉能力、機能が全く発揮できず、郵便非番、保険区画変更、集配区画調整などの他の交渉事項についても郵政当局と交渉できない状況にある。

(三) 申請人田畑は申請人支部の支部長として、同堤は同支部の書記長として、申請人支部の活動、運営の中心を担ってきたところ、本件権利停止処分により同人らの組合員としての権利が停止され、申請人支部の支部長あるいは書記長としての地位に基づく組合活動が不能になったのみならず、被申請人の組合員としての権利行使ができなくなった。

3  よって、申請人らは本件各処分の無効確認及び本件執行権停止処分を手段とする組合活動の妨害排除を求める本案訴訟を準備中であるが、その確定を待っていては回復し難い損害を被るおそれが大であるから、保全の必要性は緊急かつ明白である。

二被申請人の主張

1  被申請人は、全逓の綱領及び規約を認めた郵政関係労働者をもって組織する労働組合であって、支部等の下部組織を含めた全体が単一の労働組合である。したがって、申請人支部も被申請人の部分にすぎず、被申請人と別個独立の労働組合ではない。

そして、申請人支部に対する本件執行権停止処分は、被申請人の執行機関である中央執行委員会が、末端下部組織の機関である支部執行委員会の権限に対して行った純然たる組織運営上の処分であって、その処分により組合員個人の権利・義務を侵害する内容のものではない。したがって、本件申請は、組合の内部問題として組合自治の範囲に属し、司法審査の対象にならない。

よって、本件申立は不適法である。

2  仮に、本件各処分が司法審査の対象になるとしても、被申請人は単一組織の労働組合であるから、支部の権限は、被申請人の機関の権限に由来し、支部固有の権限ではない。そして、支部に一般的に委ねられた権限の範囲は、支部の日常的な組合業務の処理に限られるから、右範囲を越える事項についてはその都度、被申請人の機関の指令、指導、承認等により、特別の授権を得たうえでなければ処理することは許されない。

しかして、不当労働行為救済の申立は、支部の日常的な組合業務の範囲に含まれないから、支部執行委員会は被申請人の中央執行委員会の特別の授権がない限り、不当労働行為救済の申立をする権限がない。

しかるに、申請人支部の現執行委員会は、上部組織である埼玉地区本部の差し止め指導に反して本件救済申立を勝手に行い、その後も埼玉地区本部の再三の取下げ指導を無視し続けた。そこで、被申請人は、単一組合としての統制を回復するための最後の手段として、本件執行権停止処分をし、同時に右違反の責任者である申請人田畑及び同堤に対する制裁手続に着手するとともに、制裁決定までの組織の混乱を予防する最小限の措置として本件権利停止処分に及んだものである。

よって、本件各処分はいずれも適法である。

第三当裁判所の判断

一本件各処分の効力停止を求める申立の適否について

1  申請人支部に対する本件執行権停止処分について

(一)  疎明資料によると、申請人支部は、被申請人の綱領及び規約を認めた川口、川口北、蕨、鳩ケ谷の各郵便局の郵政関係労働者約四五〇名をもって組織された団体であって、独自の規約(全逓信労働組合川口地方支部規約)を有し、議決機関として支部大会及び支部委員会を、執行機関として支部執行委員会を置き、執行委員会は役員(支部長一名、副支部長二名、書記長一名、書記次長一名、執行委員若干名)をもって構成され、支部長が支部を代表し、組合(支部)の業務を統括するものとされていること、支部独自の会計があり、各機関は多数決原理をもって運営され、支部の名をもって当局といわゆる三六協定を締結し、また一般の取引を行っていることが一応認められる。してみると、申請人支部は権利能力なき社団としての実体を有しているものと認められる。

(二) 申請人田畑は申請人支部の支部長、申請人堤は同支部の書記長の地位にあり、その余の申請人らは同支部の執行委員の地位にあったものであるが、被申請人が平成元年一二月二六日付の本件指令をもって、本件執行権停止処分をしたことは、当事者間に争いがない。

(三) 被申請人は、右処分は、単一組合内部の組織運営上の処分であって、組合員個人の権利義務を侵害する内容のものではないから、司法審査の対象にならないと主張する。そこで検討するに、疎明資料によると、次の事実が一応認められる。

(1) 被申請人(全逓信労働組合)は、その綱領及び規約を認めた郵政労働関係者をもって組織された労働組合であって、全国大会が最高の議決機関であり、中央に中央執行委員会によって構成される中央本部が置かれ、その下に地方本部(各地方郵政局担当地域毎に置かれる議決執行機関)、地区本部(原則として都道府県毎に設けられる議決執行機関)及び地方支部(地区本部によって設置が決められる議決執行機関)が置かれている。

(2) 中央執行委員会は、全国大会及び中央委員会の議決を執行する機関であって、下部の各級機関の執行権を停止する権限を付与されており、他方、地方支部は、その成立の根拠を地区本部の決定に置く、末端の機関として位置付けられている。

(3) 申請人支部は、埼玉県下に一五置かれている地方支部のひとつであって、被申請人は、このような末端の各地方支部が単位労働組合として加入する連合組織ではなく、各労働者が直接に被申請人組合に加入する、いわゆる単一組合である。

(4) 本件執行権停止処分は、申請人支部が、平成元年六月の三六協定の締結時期を迎え当局側と交渉を進めていた過程において生じた労使紛争について、埼玉地区本部の指導を無視して中労委に不当労働行為救済の申立をし、その後も、右申立を取下げるようにとの同地区本部の指導に従わなかったことから、中央執行委員会の決定により発せられたものである。

右の事実によれば、申請人支部は被申請人の下部組織であって、別個独立の労働組合であるとは認められない(このことは、前記のとおり、申請人支部が権利能力なき社団としての実体を備えていることと矛盾するものでない。)。そして、本件執行権停止処分は、単一組合である被申請人の中央執行委員会が、その下部組織である申請人支部の支部執行委員会に対してなした組織上の処分であるということになる(単一組合の上部組織機関が下部組織機関に対し、組織としての単一性を維持するために処分をなし得ることは組織上当然のことであり、全逓規約に下部組織機関に対する上部組織機関の処分権限を一般的に定めた規定が存しないことをもって、本件執行権停止処分の根拠がないとするのは相当でない。)。

(四)  ところで、労働組合は、労働者が自主的に組織した団体であり、その存在と活動は自主性と団結を基盤とするものであるから、その自主性ないし自律性が尊重されるべきである。したがって、労働組合内部における紛争は、労働者の憲法上保障された団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利(憲法二八条)の行使を侵害するものでない限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのが相当であって、裁判所の司法審査の対象にならないと解される。

本件執行権停止処分は、単一組合内部における上部組織機関たる中央執行委員会が下部組織機関たる申請人支部に対してなした組織上の処分であり、しかも申請人支部管内における郵政当局との間の問題を申請人支部のように不当労働行為に対する救済申立てという手段をとる方向で解決するか、被申請人主張のようにかかる手段を用いるべきではないとする方向で解決するかは、被申請人の労働組合運動の方針にかかわる事柄でもあるから、被申請人内部における自主的、自律的解決に委ねるのが相当である。

そして、本件執行権停止処分によって、申請人支部の申請人田畑、同堤及びその余の申請人らで構成される現支部執行委員会による支部活動は不能になっているが、全逓組合員である申請人田畑及び同堤を除くその余の申請人らの全逓組合員としての権利が侵害されていることの疎明はない。

(五)  したがって、被申請人が申請人支部に対してなした本件執行権停止処分の当否は司法審査の対象にすることができないというべきである。

よって、申請人らによる本件執行権停止処分の効力停止を求める申立はいずれも不適法である。

2  申請人田畑及び同堤に対する本件権利停止処分について

(一)  被申請人が申請人田畑及び同堤に対し平成元年一二月二六日付の本件指令をもって、本件権利停止処分をなしたことは、当事者間に争いがない。そして、かかる処分は、申請人田畑及び同堤の被申請人組合員としての権利行使にかかわる事柄であるので、右に示したところに照しても、司法審査の対象になると解される。

(二) そこで、本件権利停止処分について検討するに、疎明資料によれば、本件指令書には、本件権利停止処分の理由が本件執行権停止処分と一括して示されていること、右処分の理由とするところは、申請人支部の中労委に対する本件救済申立が、申請人支部定期大会の機関決定を無視するもので、埼玉地区本部の指導に反し、労使間の問題は話し合いで解決をするという被申請人の方針に反するということであり、申請人田畑及び同堤の組合員個人としての理由は何ら掲記されていないことが一応認められる。したがって、本件権利停止処分の理由は、申請人田畑及び同堤が本件救済申立の取下げ及び分会集会の開催要請に応じず、提訴の可否は議決機関で決めるという支部大会の決定を無視したということにあると一応認められる。

(三) 右疎明事実によれば、申請人田畑及び同堤に対する本件権利停止処分は、埼玉地区本部ないし被申請人の方針に反して本件救済申立をした申請人支部の支部長及び書記長という中心人物であることを理由とするものであることに尽きるところ、申請人支部の行動に対する制裁として、その執行権を停止するに止まらず、申請人田畑及び同堤に対する被申請人組合員としての権利をも停止しなければならないほどの事情の疎明はない。

(四) そうすると、申請人田畑及び同堤に対する本件権利停止処分は、緊急制裁であり事後に正規の手続が進められる(制裁後半年余り経過した現在も正規の手続が進められているとの疎明はない。)としても、統制権を著しく濫用したものとして、無効というべきである。

(五) そして、疎明資料によれば、申請人田畑及び同堤が、本件権利停止処分によって、被申請人組合員としての活動を一切できなくなっていることは明らかであるから、右処分の効力停止のための保全の必要性も一応認められる。

二妨害排除の申立について

1  疎明資料によれば、申請人支部においては、本件執行権停止処分によって、申請人田畑、同堤及びその余の申請人らで構成される現支部執行委員会による支部活動が不能の状態に陥っていることは、一応認めることができる。

しかしながら、かかる状態は申請人支部の現支部執行委員会による被申請人の意思に反する支部活動を阻止せんとする本件執行権停止処分の結果そのようになっているものと認められるところ、前記のとおり、同処分は司法審査の対象とすることができないのであるから、妨害排除の申立も司法審査の対象とすることができない。

また、現支部執行委員会を除外した申請人支部の活動については、疎明資料によると、その執行権は埼玉地区本部がこれを行使していると一応認められるから、申請人支部の被申請人の末端の機関であるところの支部としての活動が妨害されているということはできず、他にかかる意味での支部の活動が妨害されていると認めるに足りる疎明もない。

2  次に、本件執行権停止処分の結果、申請人田畑、同堤及びその余の申請人らの現支部執行委員会の構成員としての地位に基づく組合活動が妨害されていることは当事者間に争いがない。しかしながら、その当否を判断するためには、右のとおり前提として同処分の当否を判断しなければならないので、やはり右田畑らによる妨害排除の申立も司法審査の対象とすることはできない。

三結論

以上のとおりであるから、本件仮処分申請のうち、申請人田畑及び同堤に対する組合員としての権利停止処分の効力停止を求める申立は理由があるから、これをいずれも認容し、申請人支部の組合活動の妨害禁止を求める申立は、疎明が不十分であり、その余の申立はいずれも不適法であるから却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官原健三郎 裁判官伊東正彦 裁判官稲元富保)

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